免疫とエネルギー

心身
エネルギーを補充している画像
第1部では咳によるウイルスの広がりを、第2部と第3部では、粘膜や免疫細胞(自然免疫・獲得免疫)がいかに連携して戦うかを見てきました。 第4部では、この複雑な免疫システムを動かすための「エネルギー」に注目します。 免疫細胞がどれほどの燃料を消費するのか、なぜ体調が悪いと食欲に変化が起きるのか。 戦いを支える舞台裏について整理しました。

免疫が戦うには、エネルギーが必要

免疫という仕組みを動かすには、想像以上にたくさんのエネルギーが必要です。
免疫細胞も生きている細胞なので、活動したり仲間を増やしたりするために、燃料を消費し続けます。

免疫細胞がエネルギーを使う場面

免疫細胞は、具体的に次のような場面でエネルギーを使っています。

  • ウイルスを食べて処理する:マクロファージなどがウイルスを包み込み、バラバラに分解する動き(これを食作用:しょくさようと呼びます)には、多くのエネルギーが必要です。
  • 仲間を増やす:T細胞やB細胞が、敵に合わせて急ピッチで分裂し、自分たちのコピーを増やすときにも燃料がいります。
  • 武器(抗体)を作る:第3部で書いたように、B細胞が1秒間に何千個もの抗体を作る作業は、体にとって非常に重い労働です。
免疫細胞のエネルギー消費のイラスト

想像を超えるエネルギーの消費量

免疫システムがフル稼働しているときの消費量は、かなり大きな数字になります。
免疫システムが強く刺激されると、ふだんよりも一気に多くのブドウ糖が使われ、短い時間で「通常の生活のかなりの部分に相当するエネルギー」を消費してしまうことが、動物実験などから分かってきています。

研究によっては、12時間ほどのあいだに、通常1日分のエネルギーの半分近くに相当するブドウ糖が使われる場合も報告されています。
つまり「免疫が本気で動くときには、それだけ大きなエネルギーの応援が必要になる」のです。

また、熱が出ると消費量はさらに増えます。体温が1℃上がるごとに、代謝はおよそ10〜13%程度増えるとされており、38℃や39℃の熱が出ている間、体はそれだけ余分なエネルギーを使って免疫の活動を支えていることになります。


エネルギーの源「ATP」

食べ物から得た栄養は、最終的に細胞が使いやすい「ATP(アデノシン三リン酸)」という物質に作り変えられます。
ATPは、いわば細胞が動くための「充電済みのバッテリー」のようなものです。

「食べ物 → ブドウ糖など → ATP → 免疫細胞の活動」という流れで、体の中の防衛戦は支えられています。

免疫を支える栄養素

戦いに必要な「兵士(細胞)」や「武器(抗体)」を揃えるには、バランスの良い補給が欠かせません。

免疫を支える栄養素のイラスト
栄養素主な役割含まれる食品の例
炭水化物メインの燃料(ブドウ糖)になるご飯、パン、麺類
タンパク質細胞や抗体を作る「材料」になる肉、魚、卵、大豆製品
脂質細胞を包む膜などの材料になる魚の脂、ナッツ類
ビタミンC・D免疫細胞の働きを助ける柑橘類、キノコ、魚
亜鉛・鉄細胞を新しく作るために必要牡蠣、赤身肉、ほうれん草

どれか一つだけをたくさん摂るのではなく、これらが揃うことで初めて、免疫システムは十分に力を発揮できます。
あくまで目安なので、体格や活動量、好みによって必要量は変わることも忘れないようにしたいところです。

食欲がなくなるのは、なぜ?

免疫システムが戦うには大量のエネルギーが必要なのに、体調が悪いときは食欲がなくなります。一見すると矛盾しているようですが、
実はこれも、体が計算して行っている戦略の一つと考えられています。

警報物質(サイトカイン)のもう一つの役割

第2部や第3部でも触れた「サイトカイン」という警報物質が、ここでも重要な働きをします。
ウイルスに感染すると放出されるサイトカインは、血液に乗って脳の視床下部に届きます。

視床下部は体温調節の中枢であると同時に、食欲もコントロールしています。
サイトカインがここに届くと、脳は「今は食べるのをやめよう」という指令を出し、結果として食欲が落ちます。

こうした食欲低下は、「熱が下がってくる」「節々の痛みやだるさが和らいでくる」といった体の炎症反応がおさまってくると、自然に戻っていくことが多いです。

エネルギーの「優先順位」を切り替える

食欲がなくなっても、体はエネルギー不足で止まるわけではありません。
エネルギーの「仕入れ先」を切り替えているのです。

  • 元気なとき:主に「食事」から得たブドウ糖をエネルギーにします。
  • 感染したとき:食事からのエネルギーが減る代わりに、体に蓄えられた脂肪を分解し、そこから脂肪酸やケトン体といったエネルギー源を作り出します。

免疫細胞は状況に応じて、ブドウ糖だけでなく、こうした脂肪由来のエネルギーも活用しながら戦っています。
そのため、短期間であれば食事量が多少減っても、すぐに免疫の働きが止まってしまうわけではありません。

サイトカインが命令を出しているイラスト


免疫システムにエネルギーを集中させる

また、食べ物の消化には、一般にイメージされているより多くのエネルギーが必要です。消化器を動かし、栄養を吸収するためには大量の血流も動員されます。

感染している間は、その貴重なエネルギーをできるだけ免疫システムに回したいところです。
体は食欲を抑えることで、消化に使っていた分のエネルギーや血流を「戦闘用」として免疫細胞に提供している、と考えられています。


細胞の中を掃除する「オートファジー」

食事を一時的に減らすことで、細胞の中では「オートファジー」という仕組みが活発になることが知られています。
オートファジーとは、細胞が自分の中にある古いタンパク質や壊れた部品を分解し、新しく作り変える「リサイクル・掃除」のような仕組みです。

感染しているときにオートファジーが働くと、細胞の中に入り込んだウイルスの一部を分解したり、炎症で傷んだ部品を整理したりする動きが強まるとされています。
一時的に食事量が少なくなることは、細胞の中を整え直し、回復に向かう準備を進める一面もあると考えてよさそうです。

もちろん、持病や体力の状態によって適した食事量は変わります。「無理に絶食する」必要はなく、不安があるときは医師や専門家に相談してみるのも一つの方法です。


免疫システムにも限界がある

ここまで、免疫システムがいかに効率よく戦うかを見てきました。しかし、この仕組みにも限界があります。
防衛が追いつかなくなる要因は、主に「数」と「時間」にあります。

圧倒的な「数」の暴力

第1部で調べた通り、咳1回で数万から数十万のウイルスが空気中に放たれるとされています。

一方で、最前線で戦うマクロファージが一度に処理できるウイルスや細菌の数には限界があり、条件によって差はありますが、「せいぜい百個くらいまで」とイメージしておくと分かりやすいと思います。

もし一度に圧倒的な数のウイルスを吸い込んでしまうと、パトロール隊(自然免疫)の処理能力を簡単に超えてしまいます。
処理が追いつかない間に、ウイルスは次々と細胞に侵入し、数時間から数日のうちに何倍、何千倍にも増えてしまいます。


「時間」の壁

獲得免疫という強力な精鋭部隊が本格的に動き出すには、数日から1週間という時間が必要です。特に、初めて出会う「新しいウイルス」の場合、体には対抗するための記憶(記憶細胞)がありません。
ゼロから武器(抗体)を設計して作り始めるまでの間は、どうしても防衛が手薄になります。

この「精鋭部隊が到着するまでの空白の時間」こそが、感染症との戦いにおける最大の危機と言えます。


予防は、免疫への「サポート」

免疫システムには限界がある。そう考えると、日頃から行っている予防行動の意味が少し違って見えてきます。
手洗いやうがい、アルコール消毒、そして咳をしている人から距離を置くこと。

これらは単にウイルスを避けるだけでなく、「もし侵入されても、免疫システムが余裕を持って対処できる数まで、あらかじめ敵を減らしておく」ための戦略と言えます。
体内に入るウイルスの数が少なければ少ないほど、マクロファージやNK細胞による初期消火が成功する確率は上がります。
予防は、自分の免疫システムを助けるための、最も効果的な事前準備なのだと考えてみるのも良さそうです。


まとめ

この記事では、免疫とエネルギーの関係について整理しました。

免疫細胞が活動するために、1日の必要エネルギーの半分近くを消費することもあるという事実に驚きを感じています。

また、風邪のときに食欲がなくなるのは、エネルギーの使い道を「消化」から「戦闘」へと切り替えるための、体の生存戦略である可能性が高いことも見てきました。

ただ、いざ体調を崩したときに、何をどれだけ食べるべきかの判断は簡単ではありません。
無理に食べない方がいい時もあれば、あえて栄養を補うべき場面もあるはずです。
特に高齢の方や糖尿病などの持病がある方は、「どのくらい食べるべきか」迷ったときに、早めに医師や専門家に相談してみるのも一つの方法です。

これからは、自分の体の声に耳を傾けながら、その時々に合った「賢い食べ方と休み方」についても理解を深めていきたいと思います。


第4部で参照した主な文献

  • 免疫細胞のエネルギー代謝(グルコース・脂肪酸・ATP)
    Hosomi K, Kunisawa J. Diversity of energy metabolism in immune responses and its regulation. Front Immunol. 2020.
  • T細胞・B細胞のグルコース利用と、活性化に伴うエネルギー需要の増加
    MacIver NJ et al. Glucose metabolism in lymphocytes is a regulated process with significant effects on immune cell function. J Leukoc Biol. 2008.
  • 免疫応答と代謝の関係(「免疫が本気で動くとエネルギー需要が跳ね上がる」全体像)
    Pearce EL, Pearce EJ. Changing the energy of an immune response. J Leukoc Biol. 2013.
  • 発熱と代謝亢進(体温1℃上昇で代謝が10〜13%増える説明の根拠)
    Mackowiak PA. Physiology, Fever. In: StatPearls. NCBI Bookshelf. 2023.
    Does Your Metabolism Increase When Sick? Bolt Pharmacy Medical Guide. 2025.
  • サイトカインと「食欲低下・だるさ」などシックネス・ビヘイビア(視床下部への作用を含む)
    Dantzer R et al. Cytokine, sickness behavior, and depression. Immunol Allergy Clin North Am. 2009.
    Dantzer R. Twenty years of research on cytokine-induced sickness behavior. Brain Behav Immun. 2006.
  • オートファジーと感染・炎症・回復プロセスとの関係(「細胞内の掃除」の部分)
    Shabkhizan M et al. The beneficial and adverse effects of autophagic response to stress and pathogens. Front Cell Dev Biol. 2023.
    Autophagy and inflammation: an intricate affair in the immune system. Front Immunol. 2024.
  • マクロファージの貪食容量(「1細胞あたりせいぜい百個くらい」のイメージの根拠)
    Pacheco P et al. Effects of microparticle size and Fc density on macrophage phagocytosis. PLoS One. 2013.