免疫システムの戦い方

心身
菌と戦っているイラスト
第1部では咳によるウイルスの広がりを、第2部では粘膜や初期の免疫細胞(自然免疫)による防御を見てきました。 これらは敵が誰であれ即座に動く仕組みでしたが、それだけでは対処しきれない場合に動き出す、より強力な防衛ラインがあります。 それが、今回取り上げる「獲得免疫(かくとくめんえき)」です。

さらに強力な武器:獲得免疫

獲得免疫の最大の特徴は、一度戦った相手を「記憶」することです。

初めて出会う敵には準備が必要ですが、一度覚えた相手に対しては、次からは迷わず、より効率的に攻撃を仕掛けることができます。

獲得免疫が菌を倒しにいくイラスト

自然免疫と獲得免疫の違い

この2つの仕組みは、いわば「現場のパトロール隊」と「専門の精鋭部隊」のような関係です。

項目自然免疫獲得免疫
備わり方生まれつき持っている戦いを通じて後天的に得る
反応速度すぐに攻撃(数時間以内)時間がかかる(数日〜1週間ほど)
相手の記憶覚えない​一度戦った相手を覚える
攻撃の質「異物」を広く攻撃特定の敵を狙い撃ちする

獲得免疫の主役:B細胞とT細胞

この精鋭部隊を構成するのは、「リンパ球」と呼ばれるB細胞とT細胞です。

B細胞とT細胞

B細胞:武器を作る「工場」

B細胞は、ウイルスを無力化するための専用武器「抗体」を作り出します。

抗体は、ウイルスの表面にベタベタと貼り付くタンパク質で、表面の「鍵」の部分を覆い隠すことで、細胞の鍵穴に差し込めなくするイメージです。

抗体が貼り付いたウイルスは細胞に侵入しにくくなるだけでなく、マクロファージなどにとっても「食べるべき目印」となり、効率的に処理されるようになります。

T細胞:司令官と戦闘員

T細胞には、役割の異なるいくつかのタイプが存在します。

  • ヘルパーT細胞(司令官):現場の状況を分析し、他の免疫細胞に「この敵を攻撃しよう」と指示を出します。 この司令官がいないと、B細胞も十分に武器(抗体)を作ることができません。
  • キラーT細胞(戦闘員):ウイルスに感染してしまった細胞を直接攻撃します。 第2部で登場したNK細胞に似ていますが、より特定のウイルスに感染した細胞だけを正確に狙い撃ちして、細胞ごと処理します。

次の戦いに備える「記憶細胞」

ウイルスとの戦いが終わると、B細胞やT細胞の一部は「記憶細胞」として体内に長期的に残り続けます。
数年からそれ以上の期間にわたり生き残るものもあり、次に同じウイルスが入ってきたとき、これらの細胞が素早く反応して大量の武器を作ります。

その結果、2回目以降の感染では、発症する前にウイルスを抑え込める可能性が高くなります。

ワクチンの仕組みも、これを利用したものです。
あらかじめ無害化した敵の情報(抗原)を体に教えておくことで、本物のウイルスが来たときに、最初から「2回目」のスピードで戦えるように準備しておくイメージです。


獲得免疫の弱点:初動に時間がかかる

これほど強力な獲得免疫ですが、弱点もあります。

それは、初めての敵に対しては武器(抗体やキラーT細胞)を揃えるまでに数日から1週間ほど時間がかかってしまうことです。

その間、体はウイルスが増えるのをある程度許してしまいます。
だからこそ、獲得免疫が準備を整えるまでの数日間を、第2部で見た自然免疫がどれだけ持ちこたえられるかが、感染症との戦いにおいてとても重要になってきます。

風邪で熱が出るのは、体の戦略

風邪を引いたときに熱が出るのは、「体がウイルスに負けて弱っているから」だけではありません。
実は、ウイルスを効率よく排除するために、体が戦略的に温度を上げている側面があります。

なぜ熱が出るのか

感染した細胞やマクロファージが放出する「サイトカイン」と呼ばれる物質の一部は、血液を通じて脳の「視床下部」という場所に届きます。
サイトカインは、感染が起きたことを周りに知らせる警報のような信号で、免疫細胞どうしの連絡役でもあります。

熱が出るまでの流れのイラスト

視床下部は通常、体温を36〜37℃前後に保っていますが、サイトカインの刺激を受けると「設定温度を上げる」という指令を出します。
エアコンの設定温度を上げるようなイメージです。​

この指令が出ると、体は次のような方法で熱を作り、逃がさないようにします。

  • 筋肉を震わせる:これが「悪寒(おかん)」の正体です。 実際には体温が上がり始めていても、設定温度にまだ達していないため、脳は「寒い」と認識し、筋肉を震わせて熱を生み出します。​
  • 血管を収縮させる:皮膚表面の血管を細くして、熱が外に逃げるのを防ぎます。 熱があるときに顔色が悪く見えるのは、このためと考えられています。

38〜39℃で起きていること

体温が38〜39℃に達すると、多くの免疫細胞はより積極的に動けるようになります。

  • 司令官の活性化:ヘルパーT細胞が作るサイトカインの量が増え、攻撃の指令が強まりやすくなります。
  • ブレーキが緩む:普段、免疫の暴走を抑えている制御性T細胞(Treg細胞)の働きが、一時的に弱まることが報告されています。 いわば、ブレーキを少し緩めて戦闘力を高めている状態に近いと考えられます。
  • 増殖スピードの向上:戦闘員であるT細胞が分裂して増える速度や、代謝の活発さが高まることも示されています。

さらに、多くのウイルスは37℃前後で最も活発に増殖するため、38℃を超える環境はウイルスにとって活動しにくい不利な状況になります。

つまり発熱は「味方の戦闘力を上げ、敵の増殖を抑える」という二重の狙いを持った反応と言えます。

40℃を超えるリスク

ただし、体温が上がりすぎることには明確な危険も伴います。
40℃を超えるような高熱が続くと、体を構成するタンパク質が変質し始めたり、脳などの神経細胞にダメージを与える可能性が高まると報告されています。

また、発熱による脱水は臓器の機能低下を招くため、特に子どもや高齢の方、持病がある方では注意が必要とされています。

仕組みと体感のギャップ

ここまで説明してきたのは、あくまで体の一般的な仕組みの話です。
僕自身の経験では、ほんの微熱程度だったのに、検査をしたらインフルエンザだったということがありました。

「高熱が出ているから戦っている」「微熱だから大丈夫」と、熱の高さだけで判断するのはやはり難しいのだと実感しています。
仕組みを理解したからといって自分の体調を過信せず、気になるときは医療機関で客観的な診断を仰ぐ姿勢を忘れないようにしたいです。

まとめ

この記事では、獲得免疫と発熱の仕組みを整理しました。

B細胞が専用の武器(抗体)を作ること、T細胞が感染した細胞を狙い撃ちすること、そして記憶細胞が次の感染に備えること。
さらに、発熱がこれら免疫システムを活性化させるための戦略の一つであることも見てきました。

獲得免疫の仕組みは少し複雑ですが、体がここまで合理的に動いていると知ることで、次に熱が出たときも、以前より冷静に向き合える部分が増えるかもしれません。
慌てて抑え込もうとする前に、まずは体の中で起きている「守るための戦い」をイメージしてみるのも一つの方法だと僕は感じています。

ただ、熱の出方や体調の感じ方は人それぞれです。違和感があるときや「いつもと違う」と感じるときには、自分だけで解決しようとせず、医療機関や電話相談などを利用してプロのアドバイスを仰ぐことも大切です。
そうした助けをうまく借りながら、自分に合った無理のない「備え」を考えていけるといいなと思います。


第3部で参照した主な文献

  • 獲得免疫(B細胞・T細胞・記憶細胞)の基本構造Abbas AK, Lichtman AH, Pillai S. Cellular and Molecular Immunology. 10th ed. Elsevier; 2022.(獲得免疫の標準的テキスト)
  • 自然免疫と獲得免疫の違いと全体像Chaplin DD. Overview of the immune response. J Allergy Clin Immunol. 2010.​
  • B細胞・抗体とT細胞の基礎(教育用解説)Khan Academy. Adaptive immunity.(accessed 2025)
  • 免疫記憶の基本的な考え方Akondy RS, Ahmed R. Immunological memory. Curr Top Microbiol Immunol. 2015.
  • 発熱の生理学と視床下部による体温調節Evans SS, Repasky EA, Fisher DT. Fever and the thermal regulation of immunity: the immune system feels the heat. Nat Rev Immunol. 2015.
  • サイトカインと発熱(視床下部への情報伝達)Roth J, Blatteis CM. Mechanisms of fever production and lysis: lessons from experimental LPS fever. Compr Physiol. 2014.
  • 発熱がT細胞応答を高めることを示した研究Ostberg JR et al. Fever-range thermal stress promotes CD8+ T cell effector functions. J Leukoc Biol. 2021.
  • 高熱のリスクと臓器・脳への影響Walter EJ, Carraretto M. The neurological and cognitive consequences of hyperthermia. Crit Care. 2016.