咳1回で何が起きているのか

心身
咳をする人と飛び出す飛沫のイラスト
この記事は、全7部構成のシリーズです。免疫の仕組みと感染予防について、順番に掘り下げていきます。 順番に読む必要はありません。 気になるところだけ見ていただいても大丈夫です。 この記事では、少し専門的な言葉も出てきますが、できるだけわかりやすく書きました。 段階を追って読んでいただければ、体調を崩したときに「今、体の中と周りで何が起きているのか」をイメージできるようになると思います。 第1部では、咳1回で何が起きているのかを見ていきます。

僕の、ちょっと神経質な行動

まず、僕がなぜ免疫について調べようと思ったのか、そのきっかけからお伝えします。

僕は昔から、他人の咳に対してかなり敏感です。外出先でも会社でも、近くで咳をしている人がいると、どうしても気になって仕方がありません。

自分でも「少し神経質かな」と思うのですが、気づくと次のような行動をとっています。


「咳」を避けるためのマイルール

たとえばカフェで近くの人が咳をしたら、たとえお気に入りの席であっても、すぐに荷物をまとめて別の場所へ移ります。
その際、エアコンの風向きを確認するのも忘れません。相手の息が自分の方に流れてこない位置を、反射的に探してしまうのです。

電車で近くの人が咳をすれば、座っていたとしても席を立ち、車両を変えることさえあります。
道で前を歩く人が咳き込んでいたら、わざわざ遠回りをしてルートを変えます。
その人の後ろを歩くのが、どうしても怖いのですね。


徹底した「持ち物」の除菌

除菌に関しても、自分なりのこだわりがあります。
会社に着いたらまずは手洗いとうがい。

社内で咳をしている人がいる日は、トイレや休憩のたびにそれを繰り返します。

お菓子を食べる前はもちろん、袋や飲み物の缶、お弁当の容器なども、アルコールティッシュで拭かないと気が済みません。

スマホも、一日に何回も拭いています。

こうした生活を続けているせいか、僕の手はいつもカサカサで、ボロボロの状態です。


自分なりの「初期消火」

もし「ちょっと体調がおかしいな」と感じたら、とにかくお米をたくさん食べてエネルギーを補給します。
熱い生姜湯を飲んで体を温めるのも、僕にとっては欠かせない習慣です。

また、葛根湯も常備していて、「あ、危ないかも」と思ったらすぐに飲むようにしています。

こうした行動はコロナ禍の前から続けてきましたが、最近では「やらなければならない」という思いがさらに強くなってしまいました。
でも、「これらの一つひとつに、本当に意味はあるのだろうか?」と、ふと思うのです。

根拠もわからずただ不安に突き動かされるのではなく、体の仕組みを正しく知った上で、本当に必要なケアを選びたい。そう考えたのが、今回の調査の始まりでした。


咳1回で、何が起きているのか

咳をする人から飛び出す飛沫のイラスト。大きな飛沫はすぐ落ちて、小さな飛沫は遠くまで飛ぶ

免疫の仕組みを知る前に、まずは敵であるウイルスがどうやって運ばれてくるのか、「咳1回で何が起きているのか」を見ていきます。

咳1回で飛び出す、目に見えない「数」

咳を1回すると、だいたい数千個の飛沫(ひまつ)が飛び出すと考えられています。くしゃみになると、その数は一気に増えて数万個規模になるという報告もあります。

飛沫というのは、水分を含んだ小さな粒のことです。
その中には、1つひとつが「液体の小さなカプセル」のように、ウイルスや細菌が含まれていると考えられています。

実際にどれくらいのウイルスが含まれるかは、人によってもウイルスの種類によっても変わりますが、理論的な計算では、1回の咳で数万〜数十万個のウイルス粒子が空気中に放たれる可能性があるとも言われています。

飛沫のサイズはさまざまですが、医学の世界では、だいたい5マイクロメートル(5μm)以上のものを「飛沫」と呼ぶことが多いです。5μmというのは、1ミリの200分の1以下。
髪の毛や花粉よりもずっと小さいので、肉眼で見ることはできません。​


距離を取れば安心とは限らない

飛沫は水分を含んでいて重いため、大きめのものは数秒のうちに1〜2メートル以内で落ちるのが一般的です。

これだけ聞くと、「1〜2メートル離れていれば大丈夫」と考えたくなりますが、ここで無視できないのが「風」の存在
エアコンや扇風機の「弱」程度の風であっても、飛び出した粒子が数メートル先まで流されてしまうというシミュレーション結果もあるのです。

つまり、同じ「2メートル」という距離であっても、

  • 風がほとんどない屋外
  • エアコンの風が循環している室内

では、安全度がまったく違う可能性がある、というわけです。
距離だけで安心してしまうのではなく、「空気の流れ」や「換気」をセットで考えることが、本当の安心につながります。

2段階で攻めてくる「飛沫核」の正体

さらに厄介なのが、飛沫の水分が蒸発して、より小さな「飛沫核(ひまつかく)」に姿を変えたときです。

飛沫が乾燥すると飛沫核に変わる過程のイラスト。水分が多い飛沫から水分が蒸発し、数秒〜数分で小さな飛沫核になる

最初は5μm以上あった飛沫も、空気が乾燥していたり、時間が経ったりすると、水分が抜けてどんどん小さくなります。
数秒のうちに、5μm以下の小さな粒(エアロゾル、飛沫核)に変わってしまうこともあります。

飛沫核は非常に軽く、重力だけではなかなか落ちていきません。
空気の流れにふわふわと乗って、長いときには数時間も室内を漂い続けると考えられています。

項目飛沫(ひまつ)飛沫核(ひまつかく)
サイズの目安約5μm以上約5μm未満
重さ比較的重い非常に軽い
浮遊時間数秒〜数分で落下しやすい条件によっては数十分〜数時間以上
飛び方1〜2メートル程度で落ちやすい空気の流れに乗って部屋中を移動

こうした「2段階進化」のようなしつこさを知ると、咳をした人がその場から去った後でも、その空間にしばらくリスクが残っている可能性がある、という怖さを感じます。

なぜ「冬」は要注意なのか

このウイルスの挙動をさらに左右するのが、気温と湿度です。特に日本の冬のように「寒くて乾燥した」環境は、ウイルスにとっても、僕たちの体にとっても、都合の悪い条件が重なります。

  • 空気が乾燥している → 飛沫の水分がすぐに蒸発しやすく、飛沫核になりやすい
  • 飛沫核が増える → 空気中にウイルスがとどまる時間が長くなる
  • 低い気温 → インフルエンザウイルスなどが、より長く生き残りやすくなる
  • 乾燥した空気 → 鼻や喉の粘膜が乾き、防御力が落ちてしまう

インフルエンザの実験研究でも、低温・低湿度の環境ほどウイルスが広がりやすいことが繰り返し示されています。

これまで「冬は風邪を引きやすい」と漠然と思っていましたが、実際には「ウイルスが浮遊しやすい空気」と「自分のバリアの弱まり」が同時に起きていると知り、加湿や体温管理の重要性がこれまで以上にリアルに感じられるようになりました。


まとめ

今回の調査では、咳1回で何が起きているのかを整理しました。

1回の咳で放たれる飛沫は、おおよそ数千個。
その中にはウイルスが含まれていて、条件によっては数万〜数十万個のウイルス粒子が空気中に出ていく可能性もあります。

大きめの飛沫は1〜2メートルほどで落ちやすい一方で、乾燥した環境ではすぐに小さな「飛沫核(ひまつかく)」に変わり、長いときには数十分〜数時間も空気中を漂い続けることがあります。

僕はこれまで、気温や湿度をあまり意識せず、「なんとなく冬は風邪を引きやすい」と感じていただけでした。
でも、実際には、空気の条件そのものがウイルスの動きやすさを左右していると知って、「加湿」「換気」「体を冷やしすぎない」といった基本的な対策の意味が、前よりも具体的に見えてきた気がします。

同時に、いざ体調を崩したときに、自分の判断だけで「病院に行くべきかどうか」を決めるのは、やっぱり難しいとも感じます。
だからこそ、あらかじめ近所で相談できる医療機関を探しておいたり、電話相談などをうまく活用する。そういった現実的な備えも、僕にとっては無理のない「予防」の一部として大事にしていきたいと思っています。


第1部で参照した主な文献

  • 咳・くしゃみの飛沫の数とサイズDhand R, Li J. Coughs and Sneezes: Their Role in Transmission of Respiratory Viral Infections and Strategies for Prevention. Am J Respir Crit Care Med. 2020.​
  • 咳の飛沫がどこまで飛ぶか(シミュレーション)Li H et al. Airborne dispersion of droplets during coughing: a numerical analysis. Sci Rep. 2021.​
  • 飛沫・エアロゾル全体の整理(総説)Wang CC et al. Airborne transmission of respiratory viruses. Science. 2021.
  • 温度・湿度とインフルエンザの広がり(冬に増える理由)Lowen AC, Steel J. Roles of Humidity and Temperature in Shaping Influenza Seasonality. J Virol. 2014.​
  • 「飛沫」「飛沫核」の古典的な定義WHO. Natural Ventilation for Infection Control in Health-Care Settings. 2009.​