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腸は食べ物を消化・吸収する場所ですが、実はもう一つ大きな役割があります。
免疫の拠点です。
全身の免疫細胞のうち60〜70%が腸に集まっていると言われていて、腸は「体の中で最大の免疫基地」のような場所になっています。
なぜ腸にこれほど免疫細胞が集中しているかというと、腸は食べ物と一緒にさまざまな異物が入ってくる場所だからです。
体の内側と外側の境界線を毎日大量の物質が通過していくので、何が安全で何が危険かを常に判断し続ける必要があります。
その判断を担当しているのが、腸に住む免疫細胞たちです。
そしてこの免疫細胞たちの振る舞いに大きな影響を与えているのが、腸内細菌です。
腸内細菌は、人間が自分では消化できない食物繊維を分解して、短鎖脂肪酸という物質をつくり出します。
酪酸、プロピオン酸、酢酸などがこれにあたります。名前は覚えなくて大丈夫です。
大事なのは、この短鎖脂肪酸が免疫細胞への「指令物質」として働いているということです。
短鎖脂肪酸が免疫のバランスを整える仕組みは、大きく2つのルートが確認されています。
1つめは、制御性T細胞(Treg)を増やすルートです。
制御性T細胞というのは、免疫の暴走を止める役割を持つ細胞です。
花粉症は、本来無害な花粉に対して免疫が過剰に反応してしまう状態ですが、制御性T細胞が十分に働いていれば「それは敵じゃないから落ち着け」とブレーキをかけてくれます。
短鎖脂肪酸(特に酪酸)は、この制御性T細胞が生まれやすい環境をつくることが、2013年のNature誌の研究で示されました。
2つめは、前の記事で出てきた肥満細胞を直接おとなしくさせるルートです。
2024年に東京理科大学の西山千春さんらが発表した研究で、短鎖脂肪酸が肥満細胞の表面にある受け皿のような構造(GPR109Aという受容体)にくっつくと、肥満細胞のヒスタミン放出が抑えられることがわかりました。
免疫のブレーキ役を増やすだけでなく、ヒスタミンの放出元を直接抑えるルートも持っているということです。
この研究ではもう一つ興味深いことがわかっていて、アスピリンやイブプロフェンなどの鎮痛剤(NSAIDs)がこの2つめのルートを妨げてしまうことが確認されました。
花粉シーズン中に頭痛薬を飲む機会がある人は、頭の片隅に置いておいてもいいかもしれません。

逆に、腸内細菌のバランスが崩れると、短鎖脂肪酸の生産量が減り、免疫のブレーキが弱くなります。
砂糖や精製された炭水化物の摂りすぎ、ファストフードの多用、抗生物質の服用などが腸内環境を乱す要因として知られていて、これがアレルギーを悪化させるリスクにつながります。
アレルギー性鼻炎の患者と健康な人の腸内細菌を比べた複数の研究でも、患者側の腸内細菌の構成に偏りがあることが報告されています。
腸内環境が免疫に影響するなら、乳酸菌やビフィズス菌を摂ることで花粉症が和らぐのではないか。
この発想で行われた臨床試験は、実はかなりの数があります。2023年の論文では65件のランダム化比較試験(合計3,634人)がまとめて分析されていて、プロバイオティクスがアレルギー性鼻炎の症状とQOL(生活の質)を改善する傾向が確認されています。
ただし、ここには注意点があります。
「乳酸菌なら何でもいい」というわけではありません。菌株によって効果がまったく違います。

たとえば、Bifidobacterium longum BB536という菌株は、スギ花粉症の患者を対象にした試験で、目の症状や薬の使用日数が改善したと報告されています。Lactobacillus acidophilus L-92も、鼻や目の症状軽減が確認されている菌株です。
一方で、こうした試験の多くは数十人〜百人規模のもので、「この菌株を飲めば花粉症が治る」と言えるほどの確定的なデータではありません。
花粉症の薬の代わりになるものではなく、薬と併用しながら体質を底上げしていくための手段、というのが現時点での位置づけです。
べにふうき(紅富貴)は、農研機構(農業・食品の研究機関)が育種した日本の茶品種です。
普通の緑茶にはほとんど含まれていないメチル化カテキンという成分を多く含んでいて、この成分に肥満細胞からのヒスタミン放出を抑える働きがあることが確認されています。

臨床試験のデータはどうなっているかというと、農研機構が行った36人規模の試験では、花粉飛散の1ヶ月以上前からべにふうき茶を飲み続けた人は、飛散が始まってから飲み始めた人と比べて、鼻かみ回数や喉の痛み、涙目などの悪化が抑えられたという結果が出ています。
一方で、486人を対象にした大規模な比較試験では、べにふうき茶を飲んだグループと通常の緑茶(やぶきた)を飲んだグループの間で、目や鼻の主要な症状スコアに統計的な差は出ませんでした。
ただし、花粉のピークを過ぎた時期に薬の使用量が少なくなる傾向はみられています。
まとめると、べにふうき茶は「飲めば花粉症が治る」というものではなく、飛散前から継続的に飲むことで症状の波をいくらか和らげ、薬の使用量が減る可能性がある補助的な選択肢です。
飛散が始まってから慌てて飲んでも効果が出にくいことが臨床的に確認されているので、試すなら早めに始める必要があります。
メチル化カテキンの摂取目安は1日34mg以上とされていて、機能性表示食品として市販されている製品もあります。
ここまで腸内環境やプロバイオティクスの話を書いてきましたが、最後に一つ大事なことがあります。
腸活の効果は、人によってかなり違うということです。
2022年にサイキンソーとSOMPOヘルスサポートが共同で発表した研究では、腸内フローラのタイプ(腸内細菌の構成パターン)によって、同じ食事介入でも花粉症の重症度に対する効果が異なることが確認されました。
同じヨーグルトを食べても、腸内細菌の構成が違えば効果の出方が変わります。
「腸活は万人に同じ効果をもたらすわけではない」ということを、データとして示した研究です。
とはいえ、最も確実に言えることもあります。
それは、食物繊維を十分に摂ることが腸内環境にとって最も基本的で、最もデータの裏付けが厚い対策だということです。
食物繊維が腸内細菌に分解されて短鎖脂肪酸がつくられ、それが免疫のブレーキ役を増やし、肥満細胞の暴走を抑える。このルートは、2013年のNature誌の研究から2024年の東京理科大学の研究まで、一貫して支持されています。
特定の菌株のサプリメントを探す前に、まずは野菜、豆類、全粒穀物など、日々の食事の中で食物繊維の量を意識してみて、そのうえで、自分の体に合うプロバイオティクスやべにふうき茶を試してみるというのが、現時点で最も理にかなった順番だと思います。