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調べていて面白いと思ったのが、不安を消そうとする行為そのものが、かえって不安を維持・強化してしまうという指摘です。
これはACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という心理療法の考え方で、従来の「不安をコントロールする」アプローチとは少し違います。
ACTの基本的な考え方はこうです。
不安を消そうと頑張ることは、「不安は悪いものだ、あってはならないものだ」という前提に立っている。
でも、その前提自体が「不安がある自分はダメだ」という評価につながって、不安の上に自己批判が重なってしまう。結果として、元の不安よりもつらい状態になっている。
朝をこの文脈で考えると、目が覚めて不安を感じる→「なんでこんな気分なんだ」と抵抗する→抵抗すること自体がストレスになる→さらに不安が増す、という流れです。
ACTが提案しているのは、不安を消そうとするのではなく、不安がそこにあることをまず認めて、それはそれとして、自分にとって大事なことに向かって動く、ということです。
ACTにはいくつかの核となる考え方がありますが、朝の不安との付き合いに特に役立ちそうなものを紹介します。
「受容」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、やっていることはシンプルです。
朝起きて不安を感じたとき、「この不安をなんとかしなきゃ」と思う代わりに、「あ、今朝も不安があるな」とただ気づく。それだけです。
不安を歓迎する必要もないし、好きになる必要もありません。
ただ、追い出そうとしない。「あるものはある」と、そのままにしておく。
前回紹介した呼吸法やグラウンディングは、不安を消すためではなく、不安がある状態でも落ち着いた体の状態を作るための方法として使うと、位置づけが変わってきます。
朝に不安を感じると、「自分は不安な人間だ」「今日もダメな一日になりそうだ」と、不安と自分がくっついてしまいがちです。
ACTではこれを「フュージョン(融合)」と呼んでいます。
脱フュージョンは、この融合を少しだけ緩める作業です。
具体的には、「不安だ」という思考が浮かんだら、それを「"不安だ"という思考が浮かんでいる」と言い換えてみる。やっていることは小さいんですが、こうすると「自分=不安」ではなく、「自分が不安という思考を見ている」という位置関係に変わります。
これは不安を否定しているわけではなくて、不安との距離を少し取っているだけです。距離があると、不安に振り回される度合いが減ります。
朝の不安の多くは、「今日あれをやらなきゃ」「あの件どうしよう」という、まだ起きていない未来への思考から来ています。
体は「今、布団の中にいる」というだけの状態なのに、頭の中はすでに数時間後の会議に飛んでいる。
前回紹介した5-4-3-2-1グラウンディング(5つ見えるもの、4つ触れるもの…)は、この「今ここ」に戻るための方法です。五感に集中することで、未来に飛んでいた意識を現在に引き戻すことができます。
ACTで最も実践的だと思ったのが、「不安が消えるのを待たずに、自分にとって大事なことに向かって行動する」という考え方です。
朝の不安がなくなるまで布団の中で待っていても、なかなか消えないことのほうが多いと思います。
でも、不安を感じたまま起き上がって、水を飲んで、カーテンを開けて、朝食を作る。その行動の中で、いつの間にか不安が薄れていることがあります。
不安が消えたから動けるのではなくて、動いているうちに不安が薄れていく。順番が逆なんですよね。
前回書いた「朝のルーティンを決めておく」が効果的なのも、ここにつながります。
不安があってもなくても同じ動きをする仕組みを作っておけば、不安の有無に振り回されずに朝を始められます。

ACTは比較的新しい心理療法ですが、調べていて面白かったのは、東洋の思想家たちがかなり前から似たようなことを言っていたことです。
ここは少しだけ紹介します。
インドの思想家Osho(オショー)は、禅僧ボクジュの逸話をよく引用しています。
ボクジュは不安を感じると、自分の名前を呼んで「はい、ここにいます」と答えたそうです。
不安を分析するのでもなく、消そうとするのでもなく、ただ「自分がここにいる」という気づきに立ち戻る。ACTで言う「今ここ」と「脱フュージョン」を、一言でやっているような話です。
Oshoは「瞑想は恐怖からの逃避ではない。気づきを持って恐怖に深く入っていくこと」とも言っています。
不安から逃げないという点で、ACTの「受容」と重なるところがあります。
クリシュナムルティは「恐怖は、明日のことを考えるときに生まれる」と繰り返し語っていました。
これは朝の不安の構造をそのまま言い当てている言葉だと思います。
まだ起きていない「今日」のことを考え始めた瞬間に、不安が生まれる。今この瞬間にだけ意識があれば、恐怖は存在しない。
こうした思想はどれも、「不安を消す方法」ではなく「不安との関係を変える」方向を指しています。
ACTが心理療法として体系化したことを、彼らは別の言葉で、ずっと昔から語っていたんだなと思いました。

このシリーズを通して僕が一番伝えたかったのは、「朝に不安を感じること自体は、悪いことじゃない」ということです。
第1回では、朝のコルチゾール上昇が77%の人に起こる正常な現象であること、前頭前皮質がまだ起きていないこと、自律神経が急激に切り替わることなど、体の仕組みとして朝の不安が起こるメカニズムを調べました。
第2回では、カフェインのタイミングやスマホ、睡眠不足、血糖値や脱水など、朝の不安を必要以上に悪化させている可能性のある習慣と、それを和らげるための具体的な対処法について書きました。
そして今回は、それでも残る不安とどう付き合っていくか、ということについて考えてきました。
僕自身、まだ朝に焦りを感じることはありますが、前と違うのは
「あ、これはコルチゾールが上がってるんだな」
「前頭前皮質がまだ起きてないんだな」
と思えるようになったことです。
不安が消えたわけではないけれど、不安の正体がわかっているだけで、自分を責めなくなりました。
朝、不安を感じたら、まずはそれを眺める。「あるな」と認める。そこから、自分にとって大事なことに向かって、ひとつずつ動き始める。それでいいんだと思います。